高谷光正経営研究会「5年後<年商10倍>達成塾」

1月28日のテーマ 「ドキドキ解消法」
話ができないのは話しでなおせ
〜スピーチの上手下手は生れつきでも遺伝でもない〜

 上手に話せない理由で、一番多い答えが「あがり」です。この「あがり」は人間の本質と関わっていて、ほとんど自然発生的に起こります。
 人は大勢の前に1人で立つと誰でも緊張します。大勢の中にいるときは目立たないので安心だが、1人になるとそうはいかない。自分で自分を守らねばならない。この自分を守ろうとする強い意識、これが緊張を生む。
 だが緊張しても、その緊張を「快感」に感じる人と、「恐怖」に感じる人がいる。スピーチに自信がある人は「快感」に、不安な人は「恐怖」を感じるのです。

「緊張⇒恐怖=スピーチは怖い⇒緊張」と続く、嫌な連鎖を断つには、スピーチに自信をつけるしかない。自信がつけば緊張しても快感に変わるのです。すると今度は「緊張⇒快感⇒スピーチが楽しい⇒緊張」と楽しい連鎖が始まるのです。

 かつて「恐怖」を感じて苦しんだ人ほど、この「快感」を感じると行動が一変する。これは経験した人しか理解できない開放感である。

 以前、あがり解決法として「人を見たらカボチャと思え」と言ったひどい専門家がいた。人を人間と思うから緊張する。目の前の人を野菜や果物に置き換えたら緊張しない。さあ「人をカボチャと思え」とこんな考え方です。

 しかし、そのようなまやかしで「あがり」が克服できない。ちなみに聞き手を皆、カボチャと思ってスピーチしたらよい。いずれが正解か、答えはすぐ分かる。

 そりゃ…、そうですよね。いくら「カボチャと思え」と自分に命じても、聞き手を見れば、やはり目の前にいるのはカボチャでなく人間です。薄目で見たって、ウインクしながら見たって結果は同じ。どんな見方をしても聞き手はカボチャにならない。だからカボチャ論は不正解。

 「話せないのは話でしかなおらない」これが現実的な結論。だってそうでしょう。畳の上の練習で泳げるようになった人がいますか? 転ばないで自転車に乗れるようになった人はいますか? そんな人は1人もいない。スピーチも同じで、人前で練習しなければ上手にならないのです。

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